子育てのヒント

がんばれ!シングルファーザー ~子どもの預け先~

2015年5月13日

『子どもを預ける』これだけのことがなかなか難しい。身をもって知っています。私の場合、ひとり親になる前から、妻が病気を繰り返し、いろんな場所に子どもを預けていました。特に長女はたいへんでした。

当時は東京の町田市に住んでいて、次女が妻のお腹の中にいた時、切迫流産と切迫早産で入院を繰り返していたのです。切迫流産で妻の入院が突然決まり、長女を預ける所が見つからず、市役所に相談に行きました。長女は1歳になったばかり、その時の預け場所になったのが乳児院です。乳児院は家庭の事情で孤児が引き取られるところですが、保育園のイメージとは、ちょっと違う施設です。預けた後、面会に行くと別室の応接間に通されます。そこで30分ぐらい子どもと一緒に過ごすのですが、一切、他の子どもを見ることがありません。乳児院の造りからして、社会と隔離されているよう感じです。2週間後に、長女に異変が起こりました。娘と会う瞬間に父親だとわからなくなり、キョトンした表情になったのです。これは、親にとってとても辛いこと、急いで引き取った記憶があります。

保育園送迎

その後、義理の姉が保育園勤めをしていたので、滋賀の保育園に預けていたのですが、正規の手続きをしていないため、2週間あまりで、引き取ることになりました。一歳の上の娘を抱えて、新幹線に乗るのですが、そのうちグズリだして新幹線の連結部であやしていたことを思い出します。
そして、妊娠後期に切迫早産になり、また入院することになったのですが、近くの個人で経営している私立の無認可保育園で預けました。農家のはなれに託児所を設けて4~5人の子どもたちを預かっていた狭い場所でしたが、そんな場所でも預かってもらって良かったと思っていました。その後、次女は無事に生まれ、しばらくは平穏無事でした。

長女4歳、次女が2歳の時、妻は精神疾患を患っていました。突然、子どもたちの面倒を見たくないと、実家に帰ると言いだしたのです。当時の私の仕事は、電気量販店の店長、いつも帰宅は9時30分頃でした。市役所に相談すると、ちょうど、その帰宅条件に合う、相模原市の保育園が偶然に見つかったのです。午後10時まで預かってくれる、その名も『ドリーム保育園』を紹介してくれました。当時、自動車の免許が無く、自転車の前後に娘たちを乗せて3人乗り状態、時期は梅雨時、カッパを着せ保育園に通いました。朝8時半に預けて、その足で職場に通い、娘達のお向かいは夜の9時半ごろ、もちろん自転車で迎えに行っていました。ドリーム保育園といえども、自分の娘以外、そんな時間までいません。自分の娘2人だけが夜遅くまで保育園で過ごしていました。そのような生活を3か月程つづけて、このころの経験が、後にひとり親になってもやっていけると思っていたのでしょう。

結果的にその後、離婚をして、東京から娘たちを転勤先の浜松に連れて来ました。当時、上の娘が小学校2年生、下の娘は幼稚園の年長です。下の子はあともう少しで卒園でしたが、職場の近くの保育園に入れることができました。その頃の生活は、朝起きて学校の支度をして下の娘を保育園に連れて行き、店長として電気量販店で働き、その日の店の売り上げを銀行に入金するついでに、保育園と学童によって娘たちを引き取り、また職場に戻り9時まで働いていました。

そんな生活を続けるとやはり、体力の限界を知ることになるのですが、その話はまた次回で書くとして、離婚はともかく、子育て中にはいろんなことが起こり得ます。もし小さい子どもを預けなければならない時のために、みなさんも何処に預けることができるのかを調べておくことも大切です。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

ひとり親家庭