子育てのヒント

がんばれ!シングルファーザー ~参観会や学校行事の時~

2015年7月13日

はずかしながら、学校の行事に積極的であったかと聞かれるとNO!です。もちろん仕事を優先すべきだと考えていました。私自身、小学校5年生のとき交通事故で両親を失い、授業参観を来てくれる人はいませんし、そんな境遇では、気にかけて感傷に浸る余裕などありませんでした。一般的な考えとしては親になれば、自分の境遇以上のことを子どもたちにしてあげるべきでしょうが、なかなか大人になってもそんな余裕が生まれないのも現実です。そんなわけで学校行事に関しては、かなり私は娘たちに恨まれています。成人した今になっても、中学校の卒業式に参加しなかったことを思い出したようにいわれます。

今回は反面教師として、こんな親になってはダメですよということで、ダメダメな事例をご案内いたします。

授業参観私の場合、授業参観に出た記憶がありません。運動会も一回ぐらいしかないです。それでも離婚前はもちろん幼稚園の遠足に行き、人並みに運動会にも参加していましたので嫌いなわけでもありませんでしたが、離婚後は面倒な行事になってしまいました。
唯一参加したのは年一回の三者面談です。娘のうち、長女の方は、片耳が難聴のためでしょうかワイワイガヤガヤ騒ぐ場所はどうしても苦手で、昼休みは運動場で遊ばないで教室で本を読む女の子でした。それが担任の先生には協調性がないと感じたのでしょう。更に遅刻や居眠りで生活態度のこといわれて、娘と私で下を向いて、うなだれていただけの三者面談を過ごしていました。今の私ならば一言申すかもしれませんが、当時の私にとっては早くその場を立ち去りたい気分でいっぱいでした。

一方、次女のほうは活発でハキハキしている性格で先生に気に入られて褒められることばかりでした。本当はそれぞれの個性の違いですが、小学生時代での環境は本当に先生に気に入られるかそうでないかで変わってしまいます。
長女が高校生になり、3年生になると不登校がはじまりした。長女は昔から夜型の生活のため、しばしば徹夜明けで遅刻をするようなことが続いていました。それでも高校生になり、熱心に片道10km の道のりを自転車で通学していました。美術が専攻でしたので進学の道が経済的に難しいことを知った後、糸が切れたように学校に行かなくなり、保護者の私に対して学校から呼び出しがかかりました。何とか仕事が終わった後、高校に駆けつけてみると校長先生をはじめ学年主任、担任の先生、美術部の顧問が集まり、4人の先生に囲まれて、まるで圧迫面接の状態です。なんで校長先生までもが立ち会っていたのか。校長先生も父子家庭で、私の家庭と同じ二人娘で長女が不登校で高校を中退してしまい、同じ境遇の我が家庭の状況を見かねて、何とか娘に復学して欲しいとのことです。両家族も二人娘で次女の方は不登校にもならないで普通に育っているところも全く同じでした。でも良く考えれば、無駄な話です。教育者で人格者である校長先生が育てている、実の娘が復学出来ないのですから、うちの家族に校長先生以上に教育に関する熱意があるわけもなく、説得されながらもとても説得力のない校長先生のお話でした。呼び出しはその後2回ほどあり、結局あと何日間、休んだら留年になってしまう通達でしか無く、最後通牒を受けたあと、退学に至りました。

それから、やはり高校ぐらいは卒業していたほうが良いということで定時制高校に転入し、そこも半年で辞めてしまいました。もちろん定時制を辞めるときも親も一緒に呼び出されて面談したのですが、事務的な作業に終始して先生の顔も覚えていません。それから3年ぐらいして娘は高卒認定試験を受けたのですが、在学中は比較的真面目で単位もしっかり取っており、ひとつの教科の試験を受けるだけで認定試験を通ってしまいました。

親として、至らぬ事は沢山ありましたし、経済的にも、精神的にも、余裕はありませんでした。今から考えると、娘たちともっと向き合っていれば良かったかもしれません。ひとり親は仕事と家事と子育てにイッパイイッパイになってしまい、社会的孤立を生んでしまいます。

NPOの活動として、今、ひとり親家庭の学習支援を始めています、小学生4,5,6年生と中学生を、大学生と元教職員のボランティアが教えています。子どもたちにとってやっぱりお父さんやお母さんだけでは無く、第三者の大人がそばに居てあげる機会が本当に大切だと感じます。ボランティアの人たちも活き活きとして子どもたちに教えています。もっともっとこの学習会が広がって、参加してくださるひとり親家庭とボランティアが増えていけば、子どもたちの未来も広がるに違いありません。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

ひとり親家庭