子育てのヒント

がんばれ!シングルファーザー ~親が病気になった時~

2016年2月13日

シングルファーザーの場合、離婚後、実家にもどり子どもたちの世話を両親に見てもらうことが多く、父と子の核家族は少なかったのですが、平成26年に当団体がおこなった浜松の父子アンケートでは46%の方が核家族でした。最近は核家族が多くなって来ました。そうすると、やはりお父さんが病気やケガの時、心配になります。今回は私自身が入院したときのことを書こうと思います。
 
入院単身赴任2年目で離婚した私は東京の娘たちを連れてきて、3か月ぐらい経った時で、その当時は電気量販店の店長をやっており、朝8時半〜夜9時まで働いていました。病気の兆候は無く、当時は40歳でしたが健康診断で指摘を受けたこともありませんでした。
前の夜は食欲が無いと感じていた程度でしたが、朝起きてみると自分のお腹が妙に膨らんでいるのです。そして鈍痛にも似た痛みが断続的に起きています。それでも仕事もありますし、下の娘を保育園に連れ行かなければなりません。娘を着替えさせて車に乗せて、保育園に向かいました。その頃はかなり痛みが起きており、お腹を押さえながらハンドルを握っていました。
なんとか保育園に預けて、職場に出勤し、近くの個人病院に駆け込みました。待合室で横になっていたのを覚えています。レントゲンをとって待機しているとすぐに総合病院に入院が必要ということでした。
その後はそんなに記憶が無いのですが、病院から職場に電話したかもしれません。しかし、2人の娘が通う小学校や保育園に電話した記憶がありませんでした。たぶん病院から電話してくれたかもしれません。すぐに処置室に運ばれ、ここからはあまりの痛さにトラウマになるくらいの処置で、気がついたらベットの上で寝ていました。それから1週間は鼻からホースをつけたまま過ごさなければなりませんでした。病名は腸閉塞、何らかの原因で腸のべんもう運動が止まり、お腹が詰まってしまう病気です。手術ではありませんでしたが鼻から3m程のホースを腸まで入れて、ポンプで吸い出す必要があるからです。その日、小学校の先生が娘2人を連れてきてくれました。父親を見ると2人は大泣きし、後から理由を聞くとホースにつながれた父親の顔があまりにも憔悴しきって怖かったみたいです。大部屋でしたので他の入院患者の人ももらい泣きしていたらしいです。その後、滋賀県に住む兄が駆けつけてくれ、子どもを連れて行ってくれました。ちょうど冬休みになるタイミングでした。入院中は悪夢を見るような毎日でしたが、なんとか10日間で退院しました。
退院した後、営業部長から電話がかかって来ました。その時の内容はあまり覚えていないのですが、病状を聞いてこれから大丈夫かと聞かれ大丈夫だと答えていました。翌日職場に出社して、店頭に立っていると脂汗をかいて、「これは無理だな」と感じ早退してしまいました。翌年の4月には店長を外され、物流倉庫の責任者に配置転換し、その1年後には退社する決意になりました。

一度、大病を患うと人生観が変わりました。身体を壊してまで働くことはありません。退職後、1年間は職業訓練校に通い、子どもとゆっくりとした時間がもてて、遊んであげることも出来ました。腸閉塞は、癖になる病気といわれています。その4年後、お腹の異変に気がつき直ぐに病院に行ったところ、即、入院。娘たちはバスに乗って着替えを持ってきてくれました。早期発見のおかげで点滴だけで5日間の入院で済みました。ストレスがたまってどうしようもないときに再発する感じです。やはりその時に勤めていた会社も1年後、退社し、3年ごとに転職を繰り返すことになります。今回は反面教師にしていただき、こんな事態になる前に手を打つように、考える必要もあるのではないかと今では感じます。

両親、親戚などに頼れそうにも無いときは、行政に頼ることも考えておくべきだと思います。父子家庭の場合、弱音を吐けないお父さんも多いのですが、突然の病気などで子ども達が心配な場合は、各区役所社会福祉課の家庭児童相談室に相談してください。児童養護施設のショートスティなどが適応されると思います。また普段から当事者同士で緊急時の事を話し合っていただいても心強くなると思います。3月13日(日)午後1時から、浜松市青少年の家で「父子家庭のしゃべり場」開催します。父子家庭がお互いに普段の心配事などを語れる場にしたいです。 

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

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