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石川千栄さん 浜松市子育てサロン「ひなたぼっこ」代表
「あなたらしく、出産、育児を楽しんで!」浜松親子の子育て伴走者
陽だまりのような笑顔が印象的な、石川千栄さん。目じりを下げ、柔らかな目で赤ちゃんを見つめるその表情に、今日までどれほどの親子が癒されてきたことでしょう。
2013年。石川さんは主宰として、浜松市子育てサロン「ひなたぼっこ」を立ち上げました。
「優しく寄り添ってくださるので、居心地が良いんです。」
「石川さんになら、ちょっとしたことでも聞けちゃいます。」
利用者親子が抱く安心感が輪となり、開催回数は、間もなく1,230回。出会ったお母さんは、のべ約1,300人にも上ります。
そんな石川さんのもう一つの顔は、スポーツインストラクター。その道30年以上の石川さんが、なぜ、そしてどんな願いを託して、「ひなたぼっこ」を立ち上げたのでしょうか。その想いに迫るため、石川さんを訪ねて来ました。
「求められるままに動きたい。」気が付けば、あれよあれよとクラスが増えていた
15畳近くもある洋間には、赤ちゃん連れ親子、3組が集っていました。今日のクラスは「ベビービクス」、ベビーマッサージ・エクササイズ・ヨガの要素を取り入れています。石川さんの細やかな語りかけの中、赤ちゃんたちの愛らしい運動が始まりました。ゆったりと流れる時間には、赤ちゃんが楽しく身体を動かしたり、お母さんと見つめ合ったり、幸せが溢れています。このクラスは、アラフォーママが集う回や、パパ参加の回、未熟児で生まれた赤ちゃんの回など、個別のテーマで開催する日もあるのが特徴です。今日は誰でも参加できる回で、言わば、ベビービクスのスタンダードクラスです。
「ひなたぼっこ」には、このクラスを筆頭に、全部で7つのクラスがあります。ママ自身のケアからマタニティ、親子遊びに小学校低学年の子どもも参加できるクラスまで、実に多岐に渡っています。数多ある子育てサロンの中でも類を見ない幅の広さは、ベテラン運動指導者としての確かな知識やキャリアならではと言えるでしょう。
「利用者から、作ってと要望をいただいたんです。子どもは大きくなるし、2人目を妊娠される方もいらっしゃいます。ライフステージが変わる中で、利用者一人ひとりの声を大切にしたら、いつの間にかこんなに増えていました!」
利用者の立場に立つことで自然と心が動く石川さん。その思いやりが、どのクラスにも溢れています。
穏やかでおっとりした石川さん。サロン立ち上げの起爆剤は
サロン立ち上げの転機が訪れたのは、10年ほど前です。
「きっかけはね、怒りですよ、怒り!社会に対しての、怒りです!」
あの当時、三世代世帯が減り、核家族時代に一人で育児を抱える母親の支援が、今ほど行き渡っていませんでした。赤ちゃん連れの産婦が安心して相談できる場所も、あまり多くなかったのです。
「もどかしい。行き場のない妊産婦がいるのではないか。」
それは、当時石川さんが、フリーインストラクターとして企業からの依頼で「妊婦と産後ママ」を対象としたエアロビクスを開催していたからこそ、湧き上がってきた感情でした。
せめてもの思いで、企業にある提案をしました。妊婦と産後ママの回を別々にすることです。両者は、体つきも必要な運動も、まるで違います。石川さんは、妊婦はもちろん、産後ママにも安心して出かけられる場所を、より丁寧に作りたかったのです。ところが、返ってきた言葉は、「産後のお母さんが、生まれてすぐの子をつれてこないんじゃない?」すぐに却下されてしまったのです。
石川さんは、嘆きました。「連れてこないんじゃない!行く場所がないから、行けないだけ!」しかも石川さんは、本当は企業もその必要性に気付いているにもかかわらず、やらない選択をしているのだと感じ取りました。「必要だって分かっているのに、やらないなんて!」今必要としている妊産婦を前に、石川さんには理解し難い結論でした。
「だったら、私が、やる。」
そうと決めたら、心が晴れるのが自分でも分かります。「やりたいことを、やりたいようにやれる!」石川さん自身も、小学生と年中2人育児の真っ只中。「やると決めたら止められない」、そんな石川さんの良き理解者であるご主人にも見守られ、「ひなたぼっこ」が動き始めたのです。
ずっと蓋をしてきた経験が、同じ経験をした母親たちに光を注ぐ――。闇から抜け出し、今、訴えたいこととは
こうしてスタートさせた石川さんには、最初から決めていたことがあります。それは、「ベビービクス」の中に、「帝王切開ママの集い」を設定することでした。意思の根幹には、サロン開催前から運動指導をしていた助産師の妊婦と交わしたメールがあります。女性は初産を終えた後、石川さんへこんなメールを送ってきました。
「帝王切開に、なっちゃった。次は、絶対、下から産みたい。」
石川さんは、ショックでした。終えたばかりの自分のお産に対し否定的な表現をすることも、産まれたばかりの赤ちゃんを前にすぐ次のお産の話をすることも、更にその女性が助産師という医療従事者であることも、なにもかもです。
その女性の心やこれからの育児が心配になり、石川さんは尋ねました。「目の前の赤ちゃん、可愛いと思えてる?」すると女性は、たがが外れたように思えていない気持ちを吐露し始めたのです。
石川さんの心は、震えました。それは、女性のメールにショックを受けた石川さん自身もまた、帝王切開での初産だったからです。あの時、緊急帝王切開となった石川さんの心には「あれは医療者の都合だった。納得いかない。私の人生で、とっても大きな挫折。」と、負の感情がうごめいていました。ずっと自分だけの心に閉まっていた感情で、妊婦指導をする時でさえも、自分が帝王切開で出産した経験には、蓋をしていたのです。
「私だけじゃなかった。同じように辛い思いをしている女性が、気持ちを吐き出せる場を作りたい。」
集いは、開始当初から大反響でした。涙と共に気持ちを打ち明ける方もいる中、最初は石川さんも一緒に涙が溢れていました。でも回を重ねるうち、一口に帝王切開と言っても、その数だけの捉え方や価値観があることに気付き始めました。石川さんは、気持ちや考えを共有すること、伝え合うことの大切さを、今でもかみ締めながら開催しています。
「この集いは、必要なくなる日がくれば良いと思っているんです。」
石川さんは、穏やかな目で言いました。参加者と交わした気持ちや言葉の数々はもちろん、ある女性との会話も、その気持ちを後押ししています。
その女性とは、集いの開始当初、石川さんがその周知方法を相談した女性で、子育て支援の従事者でした。言われた言葉は、「この回で、何するの?傷の見せ合いでもするの?」
同じ子育て支援者として、石川さんは悲しみを抱き、今の出産方法の学び方にも危機感を持つようになりました。なぜ、出産方法として学ぶ機会が与えられるのは経膣分娩ばかりなのでしょう。今や5人に1人以上、帝王切開で出産する時代です。石川さんは、どちらの出産も等しく学ぶことが必要だと考えています。それこそが、帝王切開への無理解や、医学的根拠のない言葉で傷つけられる産婦、緊急帝王切開で抱く「何をされるか分からない恐怖」を減らせると、石川さんは期待しているのです。
「良いお産だった!」すべての人に、そう思って育児人生をスタートして欲しい。そのためにも
スポーツインストラクターとして、子育て支援者として走り続けている石川さんには、大切にしていることがあります。
「必要だと思う選択肢は作っても、絶対に強制はしない。」
このポリシーは、取材中のクラスでも随所に表れていました。
「赤ちゃんが動き回るときは、心身の発達の途中。見守ることが一番ですよ。」
「マッサージは、赤ちゃんが動きたい様子を大切に。お腹の手技を背中にしても、十分です。」
日々の暮らしや育児の中で、誰しも戸惑いや迷いが生じていることでしょう。それでもきっと、自分なりに悩みながらも前に進もうとしているはずです。その悩みをどう捉え、消化していくのか……ひなたぼっこには、そのヒントが散りばめられています。浜松親子の母なる大地として、石川さんは、今日も利用者と共に育児を喜び、楽しんでいます。
「できれば若いうちから、妊娠期から出産、授乳、育児、そのプロセスを学べる場があると良いですよね。」
石川さんは、次の選択肢に向けて、新たな夢を抱いているようです。
取材・執筆/広瀬 恵子
石川千栄さん プロフィール
浜松市出身のスポーツインストラクター兼浜松市子育てサロン「ひなたぼっこ」主宰。小学校高学年から高校生まで、陸上部に所属。自身も選手でありながら、先輩の記録を伸ばす走りや先輩が怪我をしない走りを研究することに精を出す。それを極めるべく体育大学に進学。その後、スポーツクラブのインストラクターを経てフリーとなる。エアロビ、アクアビクス、スイミング、子どもの体育指導、シニア世代への指導と幅広い指導を武器に、今もなお、活躍の場を広げている。