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安藤香澄 さん さざんか保育園 園長

 「親たちに安心してほしい」その一心で実現させた救命艇型津波シェルターを持つという選択

安藤香澄さん

浜松市西区の沿岸部にある「さざんか保育園」。海からの風を感じる園庭では、子どもたちがのびのびと遊んでいます。園長の安藤香澄さんは2012年の春、ある大きなプランを選択し、半年の準備期間を経て、同年10月に実現させました。それは、大地震発生時の津波から子どもたちの命を守るため「救命艇型津波 シェルター」を持つ、ということでした。
 

3.11以降の保護者の「不安」にどう応えるか

さざんか保育園

気さくな雰囲気で、優しい物腰の安藤さん。シェルターの導入を決めてからはテレビや新聞などで大きく報道され、ご自身も戸惑うほど注目を浴びまし た。思い切った決断をするまでに、どのような背景があったのでしょうか。
「当園は、浜松市で一番海に近い場所にある保育園です。周囲に避難できるような高い建物もありません。なので、東日本大震災以降、いろいろな方から『津波の映像を見てどう思いましたか?』と聞かれました。私は自分が怖いとか恐ろしいとか思う前にまず、『保護者の方たち、不安だろうな』と思いました。そして実際に、声高に言う方はおられませんでしたが、皆さんの不安な気持ちは痛いほど伝わってきました」
その不安に対してどのような形で応えればいいか、どんな対策ができるのか。安藤さんはさまざまな方法を調べ、検討しました。

「想定される最 大14メートルの津波から逃れるために、高さ16メートルの避難塔を作るとしたら、園庭がほとんどつぶれるほどの敷地が必要です。建設費用もばく大になり、現実的ではありません。また、ライフベストを用意しても、園児に着せている間に流されるかもしれませんし、体を何かにぶつけたりすれば助からないでしょう。あれこれ調べていくうちに“水に浮けば助かる”、そして“浮かぶシェルターを持つ”という発想に行きあたりました」

最初、この考えを周囲の人に話すと、「そんなもので助かるわけがないじゃないか」と、相手にしてもらえないことが多かったそうです。
「それが普通の反応なのかもしれません。でも私は、長距離をすばやく移動できない子どもたちや妊婦さんなど、弱者を救うにはこの方法しかないと思いました」

議論に議論を重ね、形になったシェルター

救命艇型津波シェルター

現在、日本で救命艇を製造する2社のうち、山口県の造船会社ニシエフに連絡し、話を聞いた安藤さん。
「最初、『救命艇ではなくシェルターというのは製造したことがない』と断られたんですよ。でも、社長さんに実際に園を見ていただいたら、この園には(シェ ルターが)必要だ、“命を救う”という思いで造らなければならない、と製造を決めてくれました」
それから、前例のないシェルターを開発するための格闘の日々が始まりました。いかに一般の人でも使いやすいものにするか。いかに子どもたちの体や心を守れ る構造にするか…。

「議論、議論のくり返しでした。例えば、機体に鍵をつける・つけないで、1か月くらい話し合ったんですよ。造船会社は、救命艇はいち早く乗り込むことが大事だからと、つけない方針。でも私は、平常時の管理がしっかりできないといざという時に使えないので、鍵をつけたかった。最終的にはつけてもらいました。そんなふうに、製作過程での議論の連続が、本当に大変でした」

途中から、社長が同園の理事である(株)マストレが第三者として間に入り、さまざまな調整をすることになりました。
「例えば、船底って地面に接している面はとても細いですよね。だから、陸に設置する際自立できるように、脚をつけるという提案がされました」
そんなふうに、救命艇からシェルターへと、少しずつ姿が変わっていきました。

子どもがパニックにならないように

救命艇型津波シェルター

こうして完成したシェルターは、繊維強化プラスチック(FRP)の二重構造。長さ6.5メートル、高さ2.8メートル。幼児なら80人の乗船も可能です。半分以上浸水しても沈まない不沈性、転覆しても必ず元に戻る復元性があります。また、密閉されていても空気を取り込む構造で、7日分の水や食料を収納できます。さらに、太陽光発電システムや世界中どこからでも通信可能な衛星電話が搭載されます。二基あるうち一基は幼児用で、もう一基はおとなが子どもを抱いたままシートベルトを装着できる仕様です。

「内部は子どもがひっくり返ってもけがしないように、ウレタンのクッション材をはりめぐら せました。パニックにならないように、色はやさしい緑色です」と、子どもを守る視点を忘れない安藤さんです。
シェルターは園庭内の、園舎から子どもがすぐに行ける場所に設置されました。
「無事に完成するまでは、がっかりさせちゃいけないと思って、保護者に知らせていなかったんです。でも、テレビ報道などで知った保護者から『安心しました』と直接声をかけられて、『ああ、よかった』と私もほっとしました。私はこれから支払いのことなど、いろいろあるわけですが(笑)親が安心してくれてよかった、って」

このシェルターの購入費用は、一基約500万円だそうです。
「これがたとえ100万円で手に入ったとしても、自分の家にシェルターが欲しいとは思いません。でも、園には欲しかった。子どもを預けるお母さんたちの安心感が、陰りのないものであってほしいから。その安心感が、子どもにそのまま伝わると思っています」

気持ちがどれだけ子どもに向き合っているか

さざんか保育園

今回のシェルター設置に限らず、親子の居場所づくりとしての子育てひろば“やまぼうしの家”運営など、良いと思うことは信念を貫き実施してきた安藤さん。「自分自身は、突飛なことや新しいことをしようと思ったことは、一度もないんです。子育て支援もシェルターも、全部私の中ではつながっているんですよ。『今は無理、お金がないから諦めよう』とか、『こういう環境があったら、こういうおもちゃがあったら、もっといい保育ができるのに…』って、思いたくな いんです。これは当園の保育士にも日頃から伝えていることですが、『あなた自身が存在するから、いい保育ができるんですよ』と。いかに子どもと向き合う か、それを大切にして保育してほしいんです。今よりちょっと工夫する、今できる最大限を考えてみる…。子育て中の方たちも、今が大変だと思ったら、今を少しだけ楽にするにはどうしたらいいんだろう? と考えれば、もっと可能性が広がるのではないでしょうか」

理想の保育を追い求め続けることで、さまざまな課題を乗り越えてきた安藤さん。母親が子どものためにどこまでも強くなれるように、保育園の園長もまた、どこまでも強く、そしてやさしくなれる職業なのかもしれません。

安藤香澄さん プロフィール

短大卒業後、実家である無認可保育園の手伝いをはじめる。
1996年、30歳の時に“社会福祉法人はなぞの会”の認可と、“ちゅうりっぷ保育園”の認可を受ける。同時に保育士の資格を取得するために通信の短大に通い、32歳で取得。園長となる。
2006年に“さざんか保育園”を設立し、園長に就任。

(2012年10月19日にインタビュー 談:安藤香澄さん 取材・文:ぴっぴ 寺内美登里)

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