子育てのヒント

悶々する2歳児 !?

2010年6月3日
悶々・・・うちの子どももまもなく2歳になります。
2歳児というと世間では「テリブル・ツー(やっかいな2歳児)」だの「ベイビー・ギャング」だの言われ、一般的には子育てが難しくなる時期だと言われます。発達心理学的にみても、「自分でやりたい」という自己主張や「自分の!」という所有意識、さらには「もっと!」、「もう1個!」という具合に要求が強くなる時期と言われます。

確かにうちの子どもにもこういう兆候は現れてきていて、なかなか大変であります。
たとえば、保育園のバスの時間が迫っているのに、なかなか食べようとしない。
そこで横からスプーンを取り上げて食べさせようとすると、涙を流しながらの猛抗議。
好きなものだけ食べて、怒濤の「モウ、イッコ!」コール。
片づけようとすると「○○のっ!」と言って、なぜか食材をわしづかみし、それを父に食べさせようとする不可思議な行動。幼児であってもなかなか許し難い暴挙の数々です。

しかし、ここまではまさしく教科書通り。
こんな殺伐としたやり取りを通している中、気づいたことがあります。
それは「この子、いつの間にか、気持ちを抱えられるようになっとる!?」ということ。
どういうことかというと、1歳前半の頃は、たとえば、遊んでいる途中でおもちゃを取られて泣いても、そのおもちゃが返ってくれば、すぐにニコニコでした。
ところが、1歳も後半になると、それが返ってきても、グズグズ。
ひどいときには、せっかく返ってきたものを地面に叩きつけるわ、地べたを転がり回るわ、凄まじいまでの悶(もだ)えぶりです。
つまり、状況は改善しても「悔しい気持ち」は残っているわけで、それをどこに向けて良いのか分からないのでしょう。

これは親からみると、原因は取り除いたはずなのに、子どもはグズッているわけですから、「じゃぁ、どないせいっちゅーの!?」という意味で、なかなか難しい状況です。
しかし、見方によっては、グズるとは「気持ちを抱えられる」ようになったわけで、それはそれで成長だとも言えます。

そんな息子を見ていて、思い出すことがあります。
それは自分が中学生の頃。夕食にトンカツが出た日のことです。
ソースがないので、冷蔵庫にソースを取りに行きました。
そして、それをテーブルの上にいったん置いて、冷蔵庫のドアを閉めました。
その後に事件は起きました。振り返ると、私が出したソースをなんと、姉が先に使っているではないですか。
私が猛抗議すると、姉は涼しい顔で「ハイ、ハイ、返せば良いんでしょ。うるさいなぁもう」と。納得できない私は直ちに親に訴えました。すると親からは「あんたは、なんてケツの穴の小さい男なの」と逆に責められる始末。
その日、私は行き場のない怒りを抱えしばらく悶々としたものでした。

確かに今思えば、自分のケツの穴が小さかったのはよく分かります。
実際、授業でこの話をすると、学生の感想に「先生、ケツの穴、小さすぎですよ」と書かれることもしばしばです。
しかし、親になった今、悶々とする我が子を見ながら思います。
『あの日の悶々の起源はこの時期にあったのか!?』と。
確かに「悶々する力」は、子育てする上では、時に私たち親を困らせる大変なものです。でも、この力は中学生、いやっ、中年になった現在までもずっと続く力でもあるのです。
そう思うと、なんだか大切に育ててあげたい力でもあるように思います。

とはいうものの、結局、「息子の悶々」に悶々する日々なのですが・・・・。

子どものこころと発達