クローズアップ「ひと」

宇野まどかさん 春野町 うの茶園

2016年11月8日

子どもたちの未来のために。春野に暮らして紡ぐ、地域のつながり

 宇野まどかさん

宇野まどかさんは、夫の大介さんとともに7年前に愛知県知多市から春野町砂川(いさがわ)地区に移住し、農業を中心にさまざまなチャレンジをしている2児のママです。
京都大学農学部在学当時に同じ大学の農業交流サークルで知り合った大介さんと結婚した後、農業をするための準備を整え、現在、2人のお子さんを育てながら”新規就農者”としてご夫妻で茶業を営んでいます。
「次世代のことを考えれば、移住して農業をすることは自然な流れでした」とまどかさん。そう語る言葉の先には、春野から大きく広がる未来への道が続いています。

次世代のことを考えるために農業の道へ。二人で叶えた移住

まどかさんが本格的に農業を目指すきっかけとなったのは、中学時代の原体験でした。美術の宿題のために、美しい熱帯雨林の写真に魅せられて思わず手に取った1冊の本。そこには、今のまま環境破壊が進めば世界の低地熱帯雨林は20年しかもたない、と思いもよらぬ内容がありました。
「ただ、普通に暮らしているだけで、環境が破壊され、20年後にはこの豊かな熱帯雨林がなくなってしまう、と知った時の衝撃が今でも忘れられません」と当時を振り返ります。
暮らしが豊かになり、当たり前のように使っているものが過度の森林伐採を引き起こし、森林が減少すれば地球温暖化に拍車をかけます。「私たちの次の世代はいったいどうなるのだろう」と、物が溢れる社会に疑問がわいてきたのです。
学べば学ぶほど、「この豊かな自然を守るためには自給的な生活を、次世代のことを考えられる職業は農業しかない」という想いは強くなりました。

春野町の風景

しかし、農業はひとりでできるほど易しいことではありません。学生時代から「どうしても二人で一緒に農業をやりたい」というまどかさんの強い思いに対して、夫の大介さんは「農業を職業にするのはそんなに簡単なことじゃない」と慎重だったそうです。
そんな中、気持ちを一つにさせたのは、大学時代の農業交流サークルでともに時間を過ごした子どもたちが、土を触っている時のキラキラと輝く目でした。「時代は変わっても、子どもたちが目を輝かせるものはここにある。せめて、今の環境を次世代につなげなければ」。その思いを強くし、大きく一歩を踏み出すこととなりました。

愛知県知多市出身のまどかさんは、当初、地元で農業をしようと土地を探しました。しかし、徐々に都市開発が進み、農地と住宅地は切り離されていきました。畑と一緒にある暮らしを思い描いていたまどかさんにとって、その風景はどこか異なるものでした。考えた末、思い描いていた風景に出会うため、移住への道を歩むことを決断しました。

「移住して農業をしよう」と目標が決まり、自治体などに話を聞くに従い、まず必要になるのは資金だということを知り、資金作りを始めました。大介さんは、昼は農業、夜は塾の講師を。まどかさんは、農業をしながら移住のための準備を進めました。準備が整った頃、縁あって春野町を訪れる機会がありました。その時目にした美しい景観と、集落全体で取り組む無農薬のお茶に感動し、春野への移住を決めたのです。

地域に見守られ助けられる、子育てと農業の日々

子育てと農業の日々

豊かな自然に恵まれた限りない魅力のある土地ですが、春野で育った人が進学や就職のために市街地に出ていく傾向も続いています。春野町砂川地区に住む子育て世代は宇野家を含めて現在5世帯。子どもたちの人数が少ないのが現状です。

のびのびと子育てができる反面、学校や幼稚園の統廃合も進み、まどかさんも山の下にある幼稚園までお兄ちゃんを送迎する毎日です。病気の時にすぐに行ける病院も近くにはありません。子育て環境は、移住してからの7年の間でもマイナスの方向に大きく変化しました。実家が遠いまどかさんが、子育てをしながら中山間地域で農業をすることは誰かの手助けなしにできることではありません。

「そんな時、いつも助けてくれるのはご近所のおじいちゃんやおばあちゃんです。5歳の息子は、お昼ごはんを頂くこともたびたびで、よく可愛がっていただいています。お茶の収穫は2人1組でやることも多いのですが、そんな時も、もうすぐ1歳の息子まで快く見て下さり、お夕飯のおかずまでいただくことも。本当にありがたい限りです」と笑います。

隣に住むおばあちゃんは、「宇野さんが引っ越してきてもうすぐ8年。どんどん新しいことにチャレンジしてくれることがとても頼もしく、日々、一緒に楽しませてもらっています。ちょっとおうちを望めば灯りが見え、子どもたちの声が聞こえるととても安心できるんです」と話してくれました。

稲刈り

まどかさんも「車が通らない里山は、子どもたちが駆け回るのに絶好の遊び場。子どもたちを遊ばせながら、私たちが春野の畑を守ることができるのもみなさんのおかげです。春野の人に受け入れてもらっている、頼りにしてもらっているなと感じることがなにより嬉しいことですね」と話します。
春野に家族で根を下ろし、子育てと農業を両立させる暮らしぶりにご近所の方は厚い信頼を寄せています。日々のコミュニケーションでは子どもたちが架け橋となり、地域の人にもすっかり溶け込んでいる様子でした。

塾を開き、春野を一緒に支える将来の“同志”を育てる

春南学舎 うの塾

移住して以来、まどかさんの中では、春野町のために何かをしたい、という思いが募っていました。
パートナーの大介さんもまた、春野地区の将来について想う気持ちは同じでした。
「美しい自然が残る春野は、子どもたちが育つのに本当に素晴らしいところ。ただ耕作放棄地が多く、このままではあと数年経てば、もっと荒れ地が増えてしまう。それを防ぐためには、若い人を育て、子育て世代が増える以外に方法はないのではないか?」と。

そこで始めたのが、子どもたちに学びの楽しさを教える「春南学舎 うの塾」です。うの塾はご近所のおじいちゃんからお孫さんを頼まれたことをきっかけに、2009年の秋にスタートしました。今では勉強を教えるだけでなく、さまざまな会話が飛び交い、子どもたちの笑顔が溢れています。

春南学舎 うの塾

「勉強を教えるのはもちろんですが、親や先生ではない大人と触れ合うことで子どもたちの興味が広がり、将来の目標ができるかもしれない。春野に勉強を教えてくれるところがあれば、わざわざ遠くの塾まで通う必要もありません」と、まどかさんは語ります。
そして、うの塾を卒業していく子たちには、「大きくなったら一緒に春野を支える同志になろう」と言って送り出しています。

「魅力ある土地になれば、人は集まる」。自分たちが住む町春野のために、たくさんの幸せをくれる子どもたちの未来のために、チャレンジは続いています。それは、今は点でも、やがてつながり線となり、大きな形となるでしょう。
この土地にしっかりと根付いて生活しているまどかさんたちが、教え子たちと一緒にその思いを叶える日がきっと来るに違いありません。

宇野まどかさん プロフィール

1983年愛知県知多市生まれ。京都大学農学部に進学し、在学中は農業交流ネットワークに所属。同大学の大介さんと知り合い、結婚後夫婦で天竜区春野町に移住する。

「うの茶園」で茶業を中心とした農業を営むほか、「春南学舎 うの塾」で子どもたちが学べる環境を作っている。毎月第4日曜日には「公民館レストラン」を開催。砂川公民館で春野の旬の食材を使った料理とともに、地域の人たちにつながりの場を提供している。

取材・文責/NPO法人はままつ子育てネットワークぴっぴ/時田祐子