クローズアップ「ひと」

松本なお子さん ストーリーテラー【後編】

2012年8月7日

子育ては、いろんな人の力を借りていいんです

浜松市可新図書館での読み聞かせ

「今の子育ては、あまりにも親だけに責任が課されているという気がします」と松本さんは言います。 「道端で手仕事をしながら子どもにお語を語っていたように、昔はいろんな大人がそれぞれの場で、子育てにいっぱい手を貸していたんですよ。でも今は、子どもを育てる責任が親だけに課されていて、ほかの大人が関わる機会が少ないですね」

絵本を読んであげたり、お話を語ってあげたりすることは、子どもに『自分が大切にされ、愛されている』という確信を与える有効な手段だと考える松本さん。それを親がやってあげることは理想ですが、残念ながらそれが可能な恵まれた状況にある親ばかりではありません。「それでも保育士や学校の先生・家庭文庫のおばさんや図書館員・ボランティアなどが子どもに絵本やお話を届けてあげることはできるし、そうした活動で手をさしのべたいと思う人々は、浜松に多数存在します。行政は、そうした人々をコーディネートする役割を負うべきだと思います」

今の社会をそっくり昔に戻すことはできなくても、『子育ては親だけでするものじゃなく、いろんな人の力を借りていい』ということを取り戻したい、と松本さんは考えています。

(写真:浜松市可新図書館での読み聞かせ)


「失敗は取り返せる」と教えてあげたい

これから昔話を語る人へ

昔話では、ほとんどの主人公が世の中に出て行くと何らかの試練に会い、挫折します。ですが、必ず援助者が現れたり、偶然に助けられたりして試練を乗り越えることができ、幸福な結末を迎えます。この『幸福な結末を迎える』ということが、子どもにとってとても重要なことだと、松本さんは著書『これから昔話を語る人へ』の中でも述べています。

「なぜなら、子どもたちは大人と違って、主人公に同化してお話を聞くからです。主人公が幸福な結末を迎えると、子どもたちも主人公と一緒に幸福感や達成感を味わうことができます。そして、自分が生まれてきたことや自分がいる社会を、肯定的にとらえることができるのです」

では、幸福な結末を導く“偶然”には、どのような意味があるのでしょうか? 「一見偶然に見えることでも、たくさんある選択肢の中から自分が選びとった“必然”なんです。大人を信じ、社会を信じることで、偶然をつかみとる力を育ててあげたいですね」

そして親は、現実に子どもが挑戦して挫折した時にも、『失敗は取り返せる』『失敗しても、あなたが私の大事な子どもであることに変わりはない』ということを発信しつづけることが大切、と松本さんは言います。「一例として、『エパミナンダス』というお話があります。主人公の男の子エパミナンダスがお母さんにおつかいを頼まれるんだけど、毎回必ず失敗し、最後まで失敗するの。でも、お母さんが『おばかさんだけどおまえが大好きよ』と思っていることが、とってもよく伝わるんです。『失敗しても親の愛は失われない』ということが、子どもに伝わるお話です」

(写真:松本さんと著書「これから昔話を語る人へ」)

悲しみを超えて生きていく力を

わたしのワンピース

昨年の東日本大震災では、多くの子どもが被災したり家族を失ったりしました。また、非劇的なニュースを見聞きするなど、子どもにとって不安が大きく、世界に対する信頼感が崩れるのではと思えるような局面がありました。お話にあるようなハッピーエンドではない世界に、現実の子どもたちは生きています。
「そうですね、楽観的なことは言えません。ですが、こういう状況の中でも親は子どもを育てていかなければならないし、子どもは生きていかなければならない、というのは厳然たる事実です。あんな悲惨なことが起きたけれど、なお、そこから生きるための知恵を学ぶこともできます。地域のつながりということを見直す契機にもなりました」

震災直後、松本さんが見ていたテレビのニュース番組の中で、ニュースキャスターが被災地の子どもに「何してほしい?」と語りかけると、その子どもは「絵本を読んでほしい」と答えました。ニュースキャスターは「わたしのワンピース」という絵本を読んであげていたそうです。

「絵本を読んでほしいと言ったとき、その子が欲しかったのは、過去に絵本を読んでくれた人・手渡してくれた人がいたという幸福感だったのではないかと思います。絵本や昔話には、そうした力があるんです。今よりもほんの少し前に、一歩でも前に進むための力、自分の中にもともと持っている力を発見させてくれるんです」

松本さんのことばを聞いていると、もういちど心をこめて、子どもにお話を聞かせてあげたくなりませんか。

(写真:絵本「わたしのワンピース」表紙)


◆松本(辰巳)なお子氏 略歴◆

浜松市立図書館に司書として32年間勤務し、主に児童サービスに力を注ぐ。この間、城北図書館長、中央図書館長を務める。2007年からは図書館を離れ、子育て支援課長、中区長、こども家庭部長を務め、2011年3月、浜松市役所を退職。
在職中から、小澤俊夫氏が全国で開催している昔ばなし大学の語り講師を務める。 現在は、非常勤講師の傍ら、各地で、ボランティア、教師、保育士等へのストーリーテリングや読み聞かせの指導にあたっている。

[主な職歴]
1973年 浜松市立図書館勤務(中央、南、南陽図書館勤務)
2006年 浜松市立中央図書館長
2007年 浜松市こども家庭部子育て支援課長
2009年 浜松市中区長 2010年 浜松市こども家庭部部長
2011年3月 退職
1994年~2000年 白百合女子大学非常勤講師 「ストーリーテリング研究」を講義
2008年~ 愛知大学非常勤講師 「児童サービス論」を講義
2011年~ 愛知淑徳大学、金城学院大学非常勤講師 「児童サービス論」を講義

[主な著書]
「これから昔話を語る人へ」  小澤昔ばなし研究所 2012年
絵本「三まいのおふだ」    くもん出版 2005年
「昔話入門」(小澤俊夫共著)  ぎょうせい 1997年

(2012年8月7日にインタビュー 談:松本なお子さん 取材・文:ぴっぴ 寺内美登里)

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