仙台市に本社がある河北新報社の、東日本大震災直後からの様子が描かれています。震災によって、仲間の記者とも数日間音信不通になり、新聞を印刷することもできない状況の中、「新聞を発行するんだ」という強い使命感を感じます。 新聞の見出しに「死...
先週の6月20日に上陸した台風4号により、浜松市内で大規模な停電が発生しました。復旧が翌日に持ち越した地域もあり、数時間~半日にわたり不便な思いをされたかたもいらっしゃるでしょう。今回は、夕食を済ませて就寝時間にかかっていましたので、...
今も東北にはボランティアが必要な状況です。しかし、なかなか被災地に行ってボランティアができないという子育て家庭も多いことでしょう。思いはあっても何をしてよいのか?震災で親を亡くしてしまった子どもたちを支えていく支援のひとつに寄付があり...
宮城県石巻市は、東日本大震災で最も被害が大きかった街の一つではありますが、そこでは復興に向けてのユニークなアクションが続いています。「ISHINOMAKI2.0」という名の、さまざまな専門領域を持った人たちの集合体による、数々のプロジ...
岩手県の宮古市田老地区に住んでいた田畑ヨシさんは現在87歳。8歳の時に昭和三陸大津波、そして今回の東日本大震災と二度の大津波を経験されています。一度目はお母様を亡くされ、二度目は自宅を失っています。その田畑さんが先週、浜北区に来られて...
イベントやお祭りなど、人が大勢集まる場所に出かけるたびに、「今、大地震が起きたら、どうすればいいんだろう?」と考えてしまう方も多いのではないでしょうか。イベントを手放しで楽しめていないのかもしれませんが、常に災害を想定してイメージトレ...
昭和の初め頃までは、北区三ケ日町あたりでは、い草作りが盛んだったそうです。それは、1707年に遠州灘沖から紀伊半島沖を震源に起こった宝永地震により、浜名湖の奥に位置する三ケ日あたりは塩害で米を作れなくなったことがきっかけだといわれてい...








