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学習障害(限局性学習症)/診断と症状について

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はじめに

学習障害(Learning Disorder:LD)とは全般的な知的能力には問題がなく、不登校などで学習機会が少ないなどの環境要因もないにも関わらず「読み、書き、算数」といった特定の能力に支障が見られる状態のことをいいます。
例えば、話を聞けばすべて理解できるのに、文章を正確に読めない、文字が正確に書けない、簡単な計算ができないといった状態などがあるときに、学習障害(LD)の可能性があります。これらの能力は学習場面において中心的に使用されるものであるため、どれか1つの能力に支障があるだけで日々の学習に大きな困難が生じます。
学習障害(LD)の子どもは、知的能力が低くないために自身の状態に気づきやすく、そのことが心理面への大きな負荷になることも見逃せません。
自己肯定感の低下につながり、うつや不安症などの精神疾患をきたしやすくなります。そういった状況を回避し、自己肯定感を保ちながら持てる能力を発揮した生活を送れるようにするためには、早期に適切な診断をして、特性に応じたサポートを行うことや、困りごとを解消するような環境調整を行うことが大切です。

I 診断基準について

診断について説明する前に、学習障害(LD)には複数の診断基準があることを、お話しておく必要があります。
現在、医学的な診断基準は世界保健機構(WHO)の国際疾病分類(ICD)とアメリカ精神医学会(APA)の精神障害の診断・統計マニュアル(DSM)の2つがあります。それとは別に日本には文部科学省の学習障害(こちらは Learning Disabilities)の定義があり、学習障害(LD)の主要型である発達性ディスレクシア(読字障害)*には国際ディスレクシア協会の定義がありますので、学習障害(LD)について話すときにはどの診断基準に基づいたものかを最初に確認することが必要です。

日本の医療現場では基本的にICDに沿って病名を付けることが求められているのですが、現時点(2024年4月現在)でその最新版である ICD-11の日本語版は発表されていないため ICD-10の日本語版に記載されている学習障害という用語が現在も使用されています。これに対してDSMはその最新版DSM-5の日本語版で限局性学習症(Specific Learning Disorders:SLD)という用語が使用されています。
日本では「障害」という言葉がマイナスのイメージを想起させ、しばしば診断受容の妨げになることから日本語訳に際して配慮がなされました。

ICD-11では Developmental Learning Disorders という用語が使用されているので、日本語版が発表されれば発達性学習症という呼び方が一般的になるのかもしれません。
本稿のタイトルは学習障害(限局性学習症)としていますが、学習障害という用語は先述の通り、複数の定義による概念を内包しており、ICD-11は先行した DSM-5と呼称は異なるものの、概念的にはほぼ相違がなくなりましたので、ここからは DSM-5による限局性学習症(SLD)について述べてゆきます。その他の神経発達症の記載に関しても同様に DSM-5の用語を使用しています。

DSM-5に沿って、学習に困難があり、読字、書字あるいは算数について困難が続き、学業に支障をきたしている場合に限局性学習症(SLD)の診断を進めます。

  1. 読字に関しては、読字困難、読字速度が遅いこと、読んだ内容の理解困難など
  2. 書字に関しては、綴り字困難など
  3. 算数に関しては、数字の概念の理解困難や計算困難など

上記の症状が、知的障害や視力、他の精神神経疾患によらずに存在することなどが、条件として上げられます。(診断基準は参考文献4に掲載されています。)

限局性学習症(SLD)には読字、書字、算数の3つの領域の障害が含まれることになりますが、読字と書字の障害はほとんど同時に見られ発達性ディスレクシア(読字障害)、算数の障害は発達性ディスカルキュリア(算数障害)に分
類されます。

発達性ディスレクシア(読字障害)

発達性ディスレクシア(読字障害)は、限局性学習症のなかで読字に限定した症状を示します。しかし、読字に困難があると当然ながら書字にも困難があります。そのため本邦では発達性ディスレクシアを一般的に発達性読み書き障害とよんでいます。

DSM-5による限局性学習症の概念に対して、文部科学省(当時は文部省)は当初、学習困難をきたす状態を包括的に学習障害(Learning Disabilities)と呼んでいたため、そこには自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)や注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD)など、他の神経発達症が含まれることになり混乱が生じていました。

このため国内外で定義が見直され、現在日本では 1999 年に改訂された定義が使用されています。そこには学習障害に関連する領域として「聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力」と記載されていて「聞く、話す」という聴覚言語の障害を含むという点で医学的定義とは異なっています。
また教育における学習障害が「どのような子どもを教育施策の対象にするか」という教育的ニーズをふまえて判断されることからも医学的診断と教育的判断は独立しているべきで、医教連携の中で医学的診断を参考にしながらも、教育的配慮に基づいた対応を行ってゆくことで子どもにとってより良い環境となると考えられます。

II 診断の実際について

知的能力に障害が想定されないにも関わらず、学習に困難が見られる場合に限局性学習症(SLD)を疑うことになります。
学習には、診断基準にあるように知的能力や視力、聴力、他の精神または神経疾患、環境要因が影響しますので、これらの存在を除外あるいは確認するように評価を進めます。本人や家族、必要であれば学校から生活の様子などの情報を集めることも重要な手がかりになります。

1)読み書きや算数の評価

以下のような評価ツールが利用できますが、読み書きの評価尺度はある程度標準化されているのに対して、算数の評価尺度に関しては十分なコンセンサスが得られているとは言えない状況があります。
私は最初に「特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン」をスクリーニングとして用いて、その後必要に応じて検査を選択しています。

評価ツール 主な評価項目・内容
特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン 平仮名音読の流暢性(音読時間)、正確性(誤読数)、症状チェック表、計算、算数的推論
STRAW-R:標準読み書きスクリーニング検査 音読の流暢性(速読)、平仮名 片仮名 漢字の音読と書き取りの正確性、計算
SCTAW:標準抽象語理解力検査 抽象語を刺激とした言語理解
日本版K-ABC II 認知尺度(継次、同時、学習、計画尺度)、習得尺度(語彙、読み、書き、算数尺度)
CARD:包括的領域別読み能力検査 上位(文・文章)と下位(文字・単語) プロセスにわけて読み能力を評価
URAWSS-II:小中学生の読み書きの理解 読み書き速度
LCSA:学齢版 言語・コミュニケーション発達スケール 文や文章の聴覚的理解、語彙や定型句の知識、発話表現、柔軟性、リテラシー

Reading-Test:読書力診断検査

読字力、語彙力、文法力、読解力
J.COSS:日本語理解テスト 語彙の理解、文の理解など
LDI-R:LD判断のための調査表 質問紙を用いて基礎的学力や行動・社会性を評価

2)知的水準の評価

子どもたちの学習到達度は知的水準によって考える必要があります。
Wechsler 式知能検査は知的水準だけでなく、認知面の得手不得手を知るために有用です。

3)他の神経発達症が限局性学習症(SLD)に与える影響

限局性学習症(SLD)に神経発達症を合併することは少なくありません。それらは学習に様々な程度の影響を与えるため、子どもの症状に他の神経発達症がどれほど関与しているのか評価してゆきます。場合によっては限局性学習症(SLD)の診断そのものを見直す必要が出てくるかもしれません。子どもの特性を明らかにすることによってより、精度の高い対応が可能になります。
特に注意欠如・多動症(ADHD)は、限局性学習症(SLD)との合併頻度も高く区別しにくい疾患です。しかし限局性学習症(SLD)が学習に関する技能の特異的な障害に起因するのに対して、注意欠如・多動症(ADHD)では技能その
ものに障害があるわけではなく、集中を持続しにくいなどの理由でその技能を実行することが困難になるという違いがあります。注意欠如・多動症(ADHD)の合併した限局性学習症(SLD)では、書字障害の起こる可能性が高いことが知られており、この場合、注意欠如・多動症(ADHD)に対する投薬によって書字障害も改善する可能性があることからも、併存を見逃さないことが重要です。

これに対して、自閉スペクトラム症(ASD)の合併が学習の困難をきたす理由としては、こだわりの強さから興味の持てない授業には参加意欲が低下する、注意欠如・多動症(ADHD)の合併により集中の低下がある、物事が俯瞰できずに誤学習が起こりやすい、などがあげられます。子どもが興味を持ちやすく、やりやすい方法を見つけて学習の支援を行うなどの工夫が求められます。

4)視覚関連機能が学習に与える影響

視覚関連機能とは、視覚情報を取り入れ(視機能)、それを処理する力(視覚情報処理機能)のことをいいます。
人は感覚情報の多くを視覚に依存するため、この働きが弱いと学習困難につながります。視機能には静止視力、動体視力、視野、水晶体を調節して焦点を合わせる力、両眼視がありますが、通常の視力検査では静止視力しか測定しませんので、視力に問題がなくても他の視覚関連機能の異常は否定できません。
読み飛ばしや同じところを繰り返し読む、長時間集中して読めない、板書に時間がかかる、などは視機能の問題で見られやすく、文字や数字の習得の障害、表やグラフの読み取りや図形や絵の模写の困難、漢字の形をうまく捉えられない、算数の図形の問題が苦手などの症状が見られる場合は、視覚情報処理機能の問題が疑われます。

5)学習に影響を与えるその他の要因

協調運動とは複数の運動を一つの動作としてまとめあげる力のことをいいますが、この働きが弱いと適切な姿勢を保持することが難しくなります。また筆記用具の持ち方、筆圧の調整、図形の描画や文房具の扱いにも支障が出るため
学習に影響が生じます。

III 症状について

先述のDSM-5における限局性学習症(SLD)の診断基準には、領域ごとに具体的な症状の例が上げられており、診断の手がかりになります。

1.読字の障害

  • 単語を間違ってまたはゆっくりとためらいがちに音読する。
  • しばしば言葉を当てずっぽうに言う。
  • 言葉を発音することの困難さをもつ。

2.意味理解の障害

  • 文章を正確に読む場合があるが、読んでいるもののつながり、関係、意味するもの、またはより深い意味を理解していない。

3.綴字の障害

  • 母音や子音を付け加えたり、入れ忘れたり、書き換えたりする。

4.書字表出の困難

  • 文章の中で複数の文法または句読点の間違いをする。
  • 段落のまとめ方が下手、思考の表出に明確さがない

5.数字の概念や数値の理解、または計算することの困難

  • 数字、その大小、および関係の理解に乏しい。
  • 1桁の足し算を行うのに、同級生がやるように数学的事実を思い浮かべるのではなく指を折って数える。
  • 算術計算の途中で迷ってしまい方法を変更する

6. 数学的推論の困難

  • 定量的問題を解くために、数学的概念、数学的事実、または数学的方法を適用することが非常に困難。

その他

読字障害を疑う症状の例を列挙します。

  • 字を読むことを嫌う
  • 長い文章を読むと疲れる
  • 流暢に読めない、音読に時間がかかる
  • 逐次読みになる
  • 誤読が多い
  • 行を飛ばす
  • 文末を正確に読めない
  • 特殊音節[拗音(きゃ)、促音(さっ)、撥音(ん)など]が読めない
  • 助詞を読み誤る(例:「わたしは」→「ワタシハ」)
  • 片仮名が読めない
  • 漢字の読み方が変わると難しい
  • 計算はできても文章題が苦手

書字障害を疑う症状の例を列挙します。

  • 字を書くことを嫌う
  • 書くのに時間がかかる
  • 早く書けるが雑である
  • 書き順を間違える、気にしない
  • 板書を書き写すことが難しい
  • 字体の歪みが強い
  • マス目や行に収められない
  • 特殊音節が書けない
  • 助詞を書き誤る(例: ごはんおたべる)
  • 片仮名が書けない
  • 形の似た字を間違える(例:「ぬ」と「め」)
  • 漢字を書きたがらない、画数の多い漢字を誤る

参考文献

  1. 玉井浩監修, 若宮英司, 編. 子どもの学びと向き合う医療スタッフのためのLD 診療・支援入門 改訂第 2 版. 診断と治療社. 2022.
  2. 稲垣真澄, 編. 特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン〜わかりやすい診断手順と支援の実際. 診断と治療社. 2010.
  3. 滝川一廣ら, 編. そだちの科学 37 巻 学習の遅れを支える 限局性学習症のいま. 日本評論社, 2021.
  4. 日本精神神経学会(日本語版用語監修). 高橋三郎、大野裕(監訳).DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院. 2023:76

浜松医療センター小児科 医師 宮本健

 

出典:浜松成育医療学講座通信 第9号(2024.6)

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